だい27 むしのうたげ
 むしいている。
ちいさな(むし)が、からだをおりまげるようにして、
いっしょうけんめい()いている。
 あんなに(ちい)さい(むし)なのに、ひびきわたる(こえ)(おお)きさはどうだ。
 いっしょうけんめい(いき)きるということは、こういうことだったのかと、わたしは(おも)った。
 わたしはいま、(たび)から(かえ)ったばかりなのだ。
二両(にりょう)つなぎの(あか)いデーゼル・カーに()って、(かぜ)にゆれるススキの()と、ソバの(しろ)(はな)()て、(かえ)ってきた。
 ほんとうは、(あか)トンボをみたかったのだけれど、わたしは下車(げしゃ)して、すぐ(かえ)りの列車(れっしゃ)()ってしまったから、いなほのジュウタンの(うえ)をとぶ(あか)トンボのむれを()ることはできなかった。

 (よる)になっていた。
わたしのすむ(まち)には、(あき)のおとずれをつげる(かぜ)()かないのかと、らんぼうに(ある)いているうち、わたしは、はっきり、虫の声をきいたのだ。
 こんなところで鳴いたとて、(くるま)(おと)にかき()され、よっぱらいにふみつぶされるかもしれないのに、(こえ)のかぎりに()いている。
 わたしはもう、(あき)()っているのだ。
ススキはゆれていたし、ソバの(しろ)(はな)()いていた。
(かぜ)()いて(あき)のおとずれをつげてくれれば、
それだけでじゅうぶんだった。
(むし)(こえ)を、わたしは、(かんが)えていなかったのだ。
 わたしはたたずんで、道行(みちゆ)くひとびとに(むし)(こえ)をきかせてあげたかったのだが、いそがしそうにとおりすぎていくだけだった。
 そんな(こえ)をはりあげなくてもいいのに、(むし)は「(あき)ですよ」というように、()きつづけている。
 (むし)(いのち)は、みじかいだろう。来年(らいねん)(あき)(べつ)(むし)()くだろう。
それでもいいよというように、(むし)大声(おおごえ)をだして()いている。
 こんな()きかたもあるのかと、(かお)をあげた(そら)に、十五夜(じゅうごや)の、まんまる(つき)(わら)って()てた。


(昭和六十一年九月 岩手日報夕刊に掲載)