だい22 カーカッコー
 カラスのカンザブロらまれてまもなく、おかあさんが病気びょうきで、なくなりました。
 おとうさんはかせぎしているので、カンザブロは、ひとりぼっちです。
 カラスのあさは、はやいのです。があけたぞと、つげるようにカーカーなきながら、みんなもりをあとにして、はたらきにかけます。
 カンザブロはあかちゃんだから、まだはたらけないけれど、一日いちにちはやおおきくなって、おとうさんといっしょにはたらきたいとおもっています。
 カーカーと、おとなのようなこえでなきたいと、カンザブロはおもいました。でも、あかちゃんだから、「クークー」としか、なけません。
 みかねたカッコーのおかあさんが「こうしてなくのよ」と、こえをはりあげました。「カッコー」と一声ひとこえ
 それはそれは、とてもすてきなソプラノでした。
 その、カンザブロじは、カッコーのおははさんのほどきで、
「カッコー」「カッコー」と、なく練習れんしゅうをしました。

 夕方ゆうがた、カラスたちがもりへもどってくると、へんなこえで、「カッコー」となくがいました。
「カンザブロ。カラスはカッコーとなくんじゃないんだよ。
カラスはカーカー、なくんだよ」
 みんながカーカー、ないてきかせました。
カンザブロは、おもわず「カーカッコー」と、ないてしまいました。
 みんなはわらったけれど、
「ぼくにはカラスとカッコーのおかあさんがいたんだよ。
だからカーカッコーとなくんだよ」と、カンザブロは、ちいさなむねのなかで、そっとつぶやくのでした。
 カーとないたらかせぎのとうさんおもし、
カッコーとないたら天国てんごくかあさんをおもします。
 ふたりのしあわせいのりながら、カンザブロは、
ゆめなかでもおおきなこえで、むねをはって「カーカッコー」と、ないています。


(昭和六十一年四月 岩手日報夕刊に掲載)