だい20 二月にがつもひとり
 おつきさまだって、あんなにたかそらにひとりでいるのにとおもっても、やっぱりわたしもひとりだから、さびしいのです。
 ともだちは、だれもいません。
 二月にがつさむさが、にしみるのです。
 おはじきしましょか、お手玉てだましましょか。
 ひとりあそびは、つまらない。
 ながなが手紙てがみきましょか。
 きのうわたしは、自分じぶんあての手紙てがみいて、ポストにれました。コトリとおとがして、わたしのいた手紙てがみが、いまとどきました。
 まなくても、わかっているのです。
 でも、うれしかった。
 わたしは、ながいこと、手紙てがみをもらったことがなかったから。
「お手紙てがみありがとう」と、返事へんじをだしましょか。
 きどって「拝復はいふく」とかきしましょか。
 むねにほんのり、希望きぼうという、かすかなあかりがともります。
 「あなたは、だぁれ」
 「わたしは、わたし」
 「二月にがつもひとり」
 「いつもひとり」
 ひとりでいても、あさひるばんと、ときは、すぎていくのです。
 「さようなら」と、いおうとしても、わたしには、わかれる相手あいてがおりません。
 「さようなら」と、自分じぶんにいってみます。
さようならは、ひとりのわたしには、似合にあわない。
 「またね」といって、かがみをみれば、さびしがりやの、わたしがいます。
 「もうはるなのに」
ぽつり、つぶやきます。
 「元気げんきせよ」といってみて、ひとり、わらいしているわたしです。


(昭和六十一年二月 岩手日報夕刊に掲載)